2026.08.28付け 訃報。ヴィンセント・アントゥ(フィリー・サウンドのエグゼクティヴ・スイートのテナー/リード・ヴォーカル?)76歳か77歳で死去

訃報。ヴィンセント・アントゥ(フィリー・サウンドのエグゼクティヴ・スイートのテナー/リード・ヴォーカル?)76歳か77歳で死去
【Vincent Unto (Executive Suite) Dies At 76 or 77】
訃報。
ヴィンセント・アントゥ Vincent Unto
2026年8月24日までにカリフォルニアで死去。77歳か76歳(日にちによる、24日であれば77歳。それ以前であれば76歳) 死因、詳細な死去場所などについては明かされていない。
フィリーのインディ・ヴォーカル・グループ、元ミリオネアーズ、エグゼクティヴ・スイート Executive Suite のテナー。娘のトーヤさんがSNSで明かした。
ヴィンセントがリード・ヴォーカルという記述もある。その場合、ヴィンセントはテナーとファルセットも取ることになる。
ヴィンセントは1949年8月24日ニュージャージー州カムデン生まれ。エグゼクティヴ・スイートの一員として「I'm A Winner」「When The Fuel Runs Out」「Your Love Is Paradise」が小ヒット。
メンバーはほかにヘンリー・トゥーテン、ビリー・タイタン(あるいはウィリアム・タイラー)、チャールズ・コンニャーズの計4人組。タイラーとトゥーテンは同じフィリーのミリオネアーズからこちらにきた。タイラーはほかにもジュエルズというグループにいたこともあるという。コニャーズはラヴノーツにいた。
エグゼクティヴ・スイートとなって、最初のシングルは同じフィリーのダリル・ホールが書き、バック・コーラスも担当した「クリスティーン」という曲。1970年作。ジュビリーから出た。
Daryl Hall & John Oates - CHristine
この曲はのちにホール&オーツのアルバムに収録される。ヴィンセントはハイ・テナーを歌っているという。レコーディングにビリーが仕事の関係でスタジオにこれなかったために、ダリル・ホールがナチュラル・テナーを歌っている。プロデュースはレン・バリーとボビー・イーライ。
それに続いてフィリーのノース・ベイ・レーベルからだしたシングル「アイム・ア・ウイナー」をニューヨークのバビロン・レコーズが買い上げ全米リリース。1973年ソウル・チャートで51位。さらに、「ホエン・ザ・フューエル・ランズ・アウト」が1974年に同チャート48位、同年3枚目のシングル「ユア・ラヴ・イズ・パラダイス」がソウルで37位を記録。
ひじょうに良質なシングルで、典型的なフィリー・サウンドで当時これらを含むアルバムが1枚リリースされコレクターズアイテムとなった。
プロデューサーには、フィリーのベイカー・ハリス・ヤングなどがあたり典型的なフィリー・サウンドだったがグループはブレイクはしなかった。
I'm A Winner
When The Fuel Runs Out →
Your Love Is Paradise - Executive Suite - 1974
You Believe In Me Part 1 & Part 2 – Executive Suite
Spotify
その後、彼らはユナイテッド・アーティストに移籍し、「ヘイ・パール」というシングルを出すが、ヒットはせず、グループは解散した。メンバーは昼間の仕事に戻ったようだ。
しかしこれらのシングル盤がのちにイギリスの「ノーザン・ソウル・シーン」でちょっとした話題に。
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ヴィンセントはその後、ニール・ダイアモンドやスティーヴィー・ワンダーのバックなどで歌っていたという。
スティーヴィーの「Overjoyed」のビデオに映っているという。→
それらしき人物は飛行機の中からスティーヴィーの世話をする者がいるが、まだ確認はできていない。(1分31秒あたりから)
ヴィンセントは現在は西海岸カリフォルニア在住だったが、東海岸在住の娘さんが葬儀費用を募集するクラウドファンティングGofundme を立ち上げた。
まだ120ドルほどしか集まっていない。
詳細さらにわかれば後送します。→
Analog Album out of print

OBITUARY>Unto, Vincent>August 24, 1949 – by August 24, 2026, 76 or 77 year old
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